#17 日本点字図書館。

戦時中に手作りされた点字図書

(戦時中に手作りされた点字図書)

場所は新宿区。高田馬場駅を降りて5分ほど歩くと、閑静な道路沿いに、力強い数珠つなぎの、鎖のカーテンに包まれた建物が見えてくる。その建物の名前は「日本点字図書館」だ。 

鎖は「知の滝」がイメージされている。 
 
ぼくは、日本点字図書館のことを今まで知らなかった。「点字図書」とは何だろうかということも、きちんと理解できていなかった。点字図書とはまさに、点字によって読むことのできる本であり、ほかにも録音図書と言われる、現代風にはオーディオブックのように、音声で聞くことのできる本があることも知った。そして、1940年に創立された日本点字図書館は、現在、点字図書約2万3千タイトル、録音図書約2万4千タイトルを有する、まさに日本最大の点字図書館なのだ。 
 
今回は、職員の澤村潤一郎さんに館内を案内していただいた。澤村さんは総務部の所属だが、いくつもの部署を経験されていらっしゃるベテランさんだ。点字図書館としての役割や、点字図書を製作する過程、用具の販売など、図書館が幅広いサービスを担っているということを教えていただきながら。 
 
 
仁科 
本日はよろしくお願いいたします。最初に、点字図書について伺いたいのですが、点字図書は館内で作っていらっしゃるのでしょうか。 
 
澤村さん 
そうです。貸し出す本は、何より自分たちで作らなければなりません。点字の本も、録音の本も、どこかですでに売っているものを仕入れて、棚に並べられるわけじゃないんです。自前で作らないといけないので、製作部門があります。 
 
製作して、それを貸し出す。だから、貸し出すという部門もあります。そして、3つ目には用具の販売部門もあります。生活をする上での不便をサポートできるような、日常生活に欠かせない用具や、便利なものを販売しています。代表的な用具は、白杖という杖ですね。 
 
仁科 
白い杖ですよね。見たことはあるのですが、違いなどは分からずにいました。 
 
澤村さん 
杖の長さや、折りたたみ式かどうか、地面と接する先端の石突(いしづき)だけでも、いろいろな種類があります。用具は1階の入口付近で取り扱っているので、最後に見てみましょう。 
 
そして、4つ目が相談や訓練の部門です。たとえば、途中で目が不自由になってしまった方が、白杖を持っていきなり歩道を歩くことは難しい。ですから、職場へ行ったり、学校へ通ったりすることの訓練をしています。ほかにも、点字の読み書き訓練や、最近はスマホやパソコンに、文字の読み上げの機能がついていますが、それを使いこなして、メールを読んだりネットを閲覧できるように、などの訓練があります。 
 
仁科 
本当に、生活全般のサポートなのですね。 
 
澤村さん 
そうですね。創立者の本間一夫は、小さな頃に失明してしまって、読める本がなかったという思いが根っこにあります。盲学校、大学と進んでいく中で、海外に点字図書館があることを知り、ならば、それを日本で作っていくことをライフワークにしようと決心して、1940年から奉仕者やボランティアを養成しつつ、自前で点字図書を作って貸し出すことを始めました。戦後を迎えてからは、録音の技術も広まって、録音図書も生まれていきます。そうすると、どんどん活動が大きくなっていくわけですが、今度は読書以前に、視覚に障がいを持つ方の、生活そのものが大変であることと向き合うわけです。当時は視覚障害者が使える用具が日本にあまり無かったので、欧米へ視察に行って、いろいろ仕入れてきて、それを販売することから始めて、オリジナルでも作るようになった。今は900点ぐらいの用具を取り扱っていて、点字図書から始まったのですが、そうやっていろいろな事業が進むようになりました。 
 
——日本点字図書館は、読書を支えるだけでなく、生活そのものを支えているのだった。そして、実際に澤村さんに館内を案内していただいた。まずは館内の最上階である、4階へ向かったのだが、エレベーターの中で、ふと点字が目に入った。「これは何と書いてあるんですか?」と尋ねると、「これは、“ヒジョー(非常)”ですね」わあ、そうか。と、今まで気づかなかった点字が、身近に溢れていることに気づく。さて、4階へ。 
 

澤村さん 
4階は、録音図書を作るフロアです。小スタジオは15部屋あります。一人用のスタジオブースで、ボランティアさんがこもって録音していただく場ですね。中スタジオは、ラジオブースぐらいの大きさで、大スタジオは、打ち合わせスペースも一緒にあります。 
 
仁科 
ラジオや、学校の放送室みたいです。 
 
澤村さん 
録音図書ができる流れをお話ししましょう。まず、これを録音したいという本たちの選書会議をして、決まった本は、このボランティアさんに読んでもらおうと依頼をして、原本をお送りし、下調べをしていただきます。いきなりブースに入って、読み上げるわけではないんですね。本を熟読していただいて、正しく読んでいただく必要があって。地名とか人名とか、固有名詞とか、アクセントも確認していただきます。 
 
それに、本の中に図とか表とか写真が入っていることがあります。そういうときは難しいのですが、言葉だけで聞いても分かるように、リライトと言いますか、整理します。写真もキャプションが付いていたら良いのですが、写真だけがぽん、とある状態であれば、これは何を写しているのかというところを、声だけで聞いて分かるように説明を考える。それが大変なわけです。ここまでの労力が全体の8割ぐらい。 
 
そして、ひと通り録音していただくのですが、それももちろん大変です。読み間違えないこともですが、読むスピードも変わりやすいですし、朝と晩では声も変わりますし。修正を繰り返しながら、なんとか1冊仕上げていただきます。それも出来上がったら、今度は人の目を変えて校正していきます。どうしても、気づかないミスが出てくるわけです。この流れを経て、マスター音源が出来上がっていくわけですね。 
 
——お話を聞いていて、気が遠くなりそうだった。早いと数週間ほどだが、本によっては半年から一年かかるものもあるのだそうだ。コツコツ地道な過程を経て、一冊の録音図書が出来上がっていくことを知り、携わっている職員さんやボランティアさんはすごいなあと思うばかりだった。 

中スタジオの録音ブース。

アクセント辞典は、必須アイテムだ

点字図書の校正作業。点字を原本と読み合わせることによって、間違いを探す。

——次は2階へやって来た。2階は図書館だ。 
 
澤村さん 
2階がいわゆる図書館のフロアですね。閉架式です。職員にどんな本が読みたいかを伝えていただければ、それから職員が書庫から持ってくるという形。それ以外は、郵送で貸し出しています。点字は形や大きさが決まっているので、大きくしたり小さくしたりできないんですね。それをどの本も同じB5サイズの用紙に印刷しています。リングバインダーで製本しますので開きがよく、また汚れたり破れたりしてもメンテナンスしやすいのが特徴です。

点字図書は全て同じ規格だ。

澤村さん 
録音図書は「DAISY(デイジー)」という規格で統一され、CDの形で貸し出しています。郵送での貸し出しは、毎日近くの新宿北郵便局に2トントラックでどっさり持って行って、どっさり持って帰る、みたいな感じです。郵送のほか、「サピエ図書館」という専門の電子図書館で、データの配信もしています。

録音図書の書庫。

——そして、今度は別館にやって来た。廊下を渡っていると、「ダンダンダンダンッ‥‥」と、機械音が絶え間なく響いている。まさに、点字を印刷している部屋だ。新刊の印刷だそうで、これらが全て印刷されたら、同じくバインダーに製本されて、書庫に並ぶのだそう。

——階段を降りると、別の部屋からまた機械音が鳴り響いてきた。今度は音が違う。「ギュインギュインギィン‥‥」と、甲高いパワフルな金属音だ。 
 
澤村さん 
さっきの点字プリンターだと時間がかかるのですが、もっと早くたくさんの部数を印刷したいときは、金属でまず版を作ります。二つ折りにした亜鉛の薄い板に点字を打刻し、その版に紙を挟んでローラーに通します。すると一瞬で一枚印刷できる、というわけです。 

——印刷部屋たちはいずれも工場のようで、録音ブースの雰囲気とは、まるで異なっていた。そして、ほかにも点字図書の書庫などを案内していただきながら、最後に入り口の用具売り場へ戻ってきた。 
 
澤村さん 
白杖の長さってどれぐらいが良いか分かりますか? ベストは脇の下ぐらい。なぜなら、二歩先を探らないといけないからです。短すぎると、一歩踏み出した時点でダメなんです。何か障害物があっても避けられない。そして、杖の先の石突の部分は、使っているうちにだんだん削れていきます。消耗品だから、取り替え可能なんですね。

石突も涙型、ローラー型、さまざまなタイプがある。

——ほかにも、白杖だけではなく、体温計や財布、時計なども取り扱っている。時計は音声タイプもあれば、触覚で時間が分かるというものもあり、驚きだった。

——澤村さんにお話を伺って、館内を案内していただいて、さまざまな点字図書館の活動が、ほんとうにたくさんの方々によって支えられていることを知った。その気持ちを澤村さんに伝えて、澤村さんと日本点字図書館との出会いについても、最後に尋ねてみた。 
 
澤村さん 
私は点字のことは何も知りませんでした。ただ、本が好きだったので、目が悪いことによって読めない方がいるということを知って、それは非常に辛いことだと思って。そのことを支援できる仕事をしたいという動機で、働き始めました。入ってみたら本のことだけではなくて、用具だったり総務だったり、それぞれ全く仕事の内容が違って、転職するぐらいの感覚なのですが、あらたな視点の発見がありますし、日々勉強になることばかりです。 
 
——ぼくは、今までの取材の中で、手話に触れさせていただいていたから、聴覚について考えることが多かった。しかし、今回は日本点字図書館さんに伺って、視覚について考えることになった。全国には視覚障害者が31万人いると言われている。さらに、点字を日常的な情報入手手段として使う方は、そのおよそ1割だ。しかし、その数が少ないと思えるだろうか。今回、館内へ伺ってみて、そうは思えなかった。たくさんの方々を、日本点字図書館さんをはじめ、さまざまな施設や組織が支えている。 
 
目が不自由であるということと、縁遠いと思って生きてきた。しかし、取材を通して、知れば知るほど、本当はものすごく身近な話で、すでに、社会の中でも触れられる、気づける部分はたくさんあって、自分の意識次第で感じる世界は変わるというところに、気持ちが還っていく。みんな一緒に社会を生きている。誰に対しても、分け隔てなく支え合えること。そのためには、月並みな表現かもしれないけれど、創立者の本間一夫さんや、日本点字図書館に携わる澤村さんをはじめとする職員さんや、ボランティアの方々のような、心の優しさを持って生きていきたい。すなわち、今日の出会いを忘れずにいることだ。 

(戦時中に着物の端切れを使って製本された点字図書) 

2022年9月13日「#17 日本点字図書館」  写真と文章 仁科勝介(かつお)

取材ご協力 
日本点字図書館

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