#02 ふくしの仕事。
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最初の見学に伺ったのは、理学療法士の星野先生のもとだった。立ったり、座ったり、歩いたり、一人ずつ動作のサポートをする。車椅子の方、シルバーカーの方、年齢も体の状態も人によって違う。
「すごいね!」「もう一回座るよ!」
明るい星野先生の声に力をもらうように、利用者さんは足が最初より高く上がったり、補助なしで一歩ずつ歩けたり、成果が表れていく。
ぼくは立つ、座る、歩く、シンプルな練習だと思っていた。
しかし、お話を伺うと、特定の筋肉をほぐすこと、バランスを整えること、肋骨の動きを良くして呼吸しやすくすること‥‥。大切なのは見かけではなく、体の細部の機能であった。
「いま、座ってメモしていますよね。背もたれもなく。それって、不思議だと思いませんか?」
そう言われて、ハッとした。
練習後に心から喜ぶ利用者さんの姿が、脳裏にまだ残っている。
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言語聴覚士の佐藤先生が、生活介護の利用者さんの昼食を見学に来た。口まわりの動きを見るためだそうだ。
言語聴覚士とは、広くコミュニケーションを手助けする仕事だ。
昼食後、利用者さんが輪になり、佐藤先生のグループ活動がはじまった。先生は次々と利用者さんに応じた分かりやすい問いかけをしていく。順番になった利用者さんの持てるコミュニケーション手段を引き出していく。そして拍手が沸き起こる。
人から注目される経験が大切であることを、あとで先生に教えていただいた。
個人レッスンもされていて、その日は発語が不明瞭な方との「会話を楽しむ」という時間であった。わたしたちは言葉を話すことを、あたりまえの行為だと思っている。佐藤先生の「千差万別なんです」という言葉がぐぐぐ、と心に染みていった。
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作業療法士の金谷先生は、利用者さんを後ろで見守っていた。
利用者さんの活動は自由で、ビーズアクセサリーをつくる女性、パソコンでニュース番組を見る男性、年賀状を印刷する女性。様子はいたって普通に見える。
しかし、「先生すみません」と声が掛かると、金谷先生はさっと寄り添ってサポートする。
素敵な年賀状がプリントアウトされ、「いいですね」と利用者さんに声をかけた。そのとき「ありがとう。でもね、わたし一人じゃ何もできないの」と言われた。目の覚めるような思いがした。
「作業療法士は、やりがいを感じてもらうことが仕事です」と、金谷先生に教えてもらった。起きる、食べる、洗濯をする、あたりまえにできていた作業が、障がいや病気や怪我で、できなくなった人たちがいる。
「誰でもやりたいことがあるし、それができる社会になってほしい。日常作業のハードルを、少しでも下げるお手伝いをしたいと、常々思っています」
パソコンでニュース番組を見ていた男性が、「先生、パソコンありがとうございました!」と、嬉しそうに挨拶して帰って行った。
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えみふる職員の、四方さんにも話を伺った。主な仕事は、千代田区の福祉支援体制を構築するための、相談員という役割だ。
経済学部の出身で、福祉とは関係のない日々だった。しかし、カラオケのアルバイト先の同級生に影響を受けて、“社会福祉士”に興味を持ったという。えみふるとの出会いは現場実習だ。
「実習を担当してくれた方が、僕にすごく向き合ってくれたんです」
それからえみふるでアルバイトをするようになり、就職するに至ったのだ。
「身内に障がいを持つ人がいたり、熱く語れるような動機があったわけではありません」と、申し訳なさそうに話をしてくれたけど、福祉に携わる方全員が、熱い動機を持っているわけではないだろう。どんな仕事だってそうだ。だから、自然体な四方さんがいることも、きっと大切なことなのだと思った。
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人には誰だってできないことがある。障がいを持つ方は、できないことが、ちょっとだけ多い。それをさまざまな分野で目線を合わせ、正面から向き合い、やさしく支える方々がいた。みなさんの仕事を見学して、ぼくは何があたりまえで、何が普通なのか、考えさせられた。
しかし、社会に対して心が痒くなろうが、そんなことはぼくよりも現場のみなさんが、圧倒的に直接肌で感じていることなのだ。そしてみなさんは、そういった中でもできることを、すでに取り組まれているのだ。
だから、福祉の仕事を知ることは、人にやさしくなることだと思った。誰かへのやさしさを、知っているみなさんだったから。みなさんの取り組む仕事を心から、リスペクトしてやみません。
2022年1月25日 「#02 ふくしの仕事。」 写真と文章 仁科勝介(かつお)
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