#06 ちよだバリアフリーマップ

「ここが中央線、中野駅ですね。こちらを歩いていただきますのが、○△チームです。リーダーはTさんにお願いしています」 
 
中野セントラルパークに集合したメンバーのみなさんと一緒に、今日の調査の説明を受けている。 

「各チームに一台ずつ車椅子がありますから、持って行っていただきたいと思います」 
 
今回は、NPO法人リーブ・ウィズ・ドリーム代表である金子久美子さんと一緒に、千代田区から中野区にやって来た。シニア層を中心とした『なかの生涯学習サポーターの会』の方々は、バリアフリー情報を中心としたユニバーサルデザインマップの作成をしている。金子さんはもともと、千代田区でのバリアフリーマップ作成に取り組まれていたが、現在は中野区におけるサポーターでもあるのだ。 
 
ユニバーサルデザインマップ(バリアフリー中心)とは、性別・年齢・国籍・文化的背景・障がいの有無に関わらず、誰でも簡単に使える地図のこと。 
みなさんは今まで、ユニバーサルデザインマップやバリアフリーマップを手に取ったことがあるだろうか。利用したことがある人、見たことはある人、イメージは頭に浮かぶ人、様々ではないだろうか。ぼくは、千代田区の散策にあたってちよだバリアフリーマップを持っていたけれど、利用したか、と言われれば、そうではなかった。だから、この機会をもとに、自分は何を感じるだろうかと考えていた。 
 
全体の説明が終わったので、金子さんやサポーターの方々と、一緒にまちを調査していく。 

(左手の方がNPO法人リーブ・ウィズ・ドリーム代表の、金子久美子さん) 
 
「金子さんは、もともと千代田区でバリアフリーマップを作られていたのですよね」 
 
担当エリアに到着するまでに、金子さんにお話を伺った。 
 
「千代田区ですね。最初は10人のメンバーで、自主団体みたいなところから始まって。その活動を区役所の方が知ってくださって、本格的にバリアフリーの地図を作り始めました」 
 
始めるきっかけは、知り合いの方のお子さんが、車椅子を使っていたことだった。 
 
「車椅子で生活をしていると、家から学校に行く場合も、行きやすいルートを事前に確認するんです。それを、ひとりひとりがルートとして持っているよりも、みんなでシェアした方が便利だよね、という動機で始まった活動でした」 
 
最初に活動を始められてから、早12年になる。 
 
「オリンピックを前に外国語版も作りましたが、インバウンドはなくってしまって。いま、千代田区では日本語だけ毎年更新しています。オフィス街も多いですが、企業さんにも協力してもらって、つづけられています。すごくありがたいですね。そして現在は縁あって中野区もお手伝いしている、という感じです」 
 
ユニバーサルデザインマップ(バリアフリー中心)は、地域の方々の思いと、企業や行政のサポートがあって作られている。今回、中野区の散策においても、実際に中野区役所の方が参加していらっしゃった。 
 
さて、調査ポイントに到着だ。ここからは計測が始まっていく。 

順番に一人が車椅子に乗り、一人が車椅子を押す。街の地形が、より身近に感じられそうだ。 
 

「ここで測りますかー!」 
 
まず、坂道で号令が掛かり、計測が始まった。 
 
「4度です!」 
 
「では、地図に書き込みましょう」 
 
車椅子と傾斜は当然、楽に進めるかどうかに関わってくる。いま、登り坂なのだが、車椅子を押す係の人は、「おりゃあ」と口には出さずとも、力が入っていて、重そうである。考えればあたりまえのことも、いざ、目の前でその様子を見ると、感じる印象が全然違う。 
 
次は、コンビニの前で声が掛かった。 
 
「地図にコンビニマークはありますか?」 
 
「あります!」 
 
「3年前は手動ドアでしたが、1年前から自動ドアになりましたね」 
 
なるほど、ドアが手動か自動かで、利用しやすいコンビニも、確かに変わってくるなあ。 
 
「こっちのコンビニは段差が大きいので、地図には載りません」 
 
別のコンビニでは、そう教えてもらった。みなさんが見ている視点というものが、ぼくとは全く違うということに、驚いた。車椅子の方は、この視線をあたりまえに持っているのだ。 
 
「公園ですね。トイレを確認しましょう」 
「水飲み場は、車椅子が近づけますか?」 
「ここは、交通量多いので注意ですね」 
 
ひとつひとつ、街の中の見えていなかった景色を知った。 
 
「あとね、ここのお店は、美味しいんだよ」 
 
それも、知らなかった。 

あっという間に時間は過ぎ、調査が終わった。ユニバーサルデザインマップ(バリアフリー中心)は、確認作業を何度も繰り返すことで、完成されていく。同じエリアにおける変化もある。地道に、丁寧に、コツコツと、なのだ。 
 
また、ぼくも車椅子に座らせてもらったけれど、視線も、見える景色も、当然違っていて、普段自分が見ている景色と、こんがらがった。そして、見えているか、見えていないか、考えさせられた。ぼくはまちに広がる対象を、普段どのように見ているだろうか。眼に入っていても、それは果たして見えていたのだろうか。 
 
みなさんと一緒に歩くことがなければ、傾斜も、トイレも、段差も、眼で見えてはいても、今日のようには見えなかったと思う。だから、それをこれからはどうすべきだろう。今日の体験だけで、「関係のないこと」として、済ませてよいのだろうか。悶々としながら、自分の最寄り駅と家までの道のりを車椅子の視点で歩いた。すると、よく見えるのだ。傾斜もある、段差もある、多目的トイレもある。 
 
「知る」ということは、「気づく」や「見える」が増えることだ。そのことを思ったとき、「ああ、今日出会った地図づくりのみなさんは、優しいのだなあ」と思った。たくさんの「気づく」や「見える」を、持っていたからだ。ユニバーサルデザインマップ(バリアフリー中心)に詰まっている優しさを、ずっと忘れずにいたい。 
 
金子さん、なかの生涯学習サポーターの会のみなさん、ありがとうございました。 

2022年3月22日 「#06ちよだバリアフリーマップ。」 写真と文章 仁科勝介(かつお) 

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