#08 特例子会社『パソナハートフル』さんを訪ねて。
机とパソコンがずらりと並んだオフィスに、スーツを着て出社すること。働き方は日々変化しているけれど、この光景をわたしたちはイメージしやすいように思う。
大手町にあるパソナハートフルさんでは、広いオフィスで働く方々の多くが、障がいを持っている。パソコンを入力し、伝票を整理し、同僚の方と話し合う。ぼくはサラリーマンを経験したことがないけれど、目の前では“オフィス”というイメージそのままの時間が流れていた。そしてそもそも「あたりまえ」や「普通」とは何だろうかと、先入観を持っている自分が嫌になった。取材を経て、「障がいを持っていることに関わらず、仕事を各々に任せています」と話していただいた言葉が、頭の中でずんと反芻されていくのだった。
まず、特例子会社という言葉を聞いたことがあるだろうか。特例子会社とは、障がいを持つ方の雇用促進、安定のために配慮された、親会社やグループ会社の子会社のことだ。パソナグループさんはいくつものグループ会社で構成されていて、その中のひとつが、特例子会社のパソナハートフルさん。2003年に設立され、現在はパソナグループ全体で560名、パソナハートフル内で300人ほどの障がいを持つ方が働いている。
今回はオフィスを見学しつつ、常務執行役員の坂口亨さんと、管理統括部長の駒木野亨さんに取材をさせていただいた。特例子会社の役割について、実際に取り組まれている活動について、最初は坂口さんにお話を伺っていく。
「2003年に設立した当時は、29人でスタートした会社です。特例子会社として障がいを持つ者を雇用しながら、どのような業務が良いのか話し合いながら考えて、最初はグループ会社間での軽作業やノンコア業務をひとつに集約化させました。障がいに関することを一括りにまとめることはできないと思っています。特性や性格はみなさん必ず違いますし、得意分野も苦手分野もあります。ですから、できるだけ各々に合った得意分野を探しています」
得意分野、というのはのちに見学をさせていただいた際、直接肌で感じた。資料の誤字脱字をチェックする校正が得意な人、エクセルのデータ入力が得意な人、住所確認が得意な人。また目の不自由な方は、手触りによってリボンを裁断されていた。本当に人それぞれであることを知った。
「仮に障がいを持つ社員であっても、仕事は完全に任せています。例えば資料の確認をしてもらったら、それを私が再チェックすることはありません。得意分野の社員にお願いをしたとき、その仕事の内容は私よりよっぽど優秀なんです。逆にその社員の確認がなければ、ミスがありそうで怖いと感じるぐらいです」
「障がいを持つ方が活躍できる場がもっと増えることを期待しています。誰がどのような障がいを持っているか、入社する際は把握していますが、一緒に仕事をしているときは、分からなくてもいいと思っています。障がいはひとつの個性として捉えています」
坂口さんのお話のように、真剣にのびのびとみなさんが働いているオフィスを見て、ぼくはこの雰囲気を絶対に忘れないようにと思った。
また、パソナハートフルさんでは、オフィスワークだけでなく、パンの製造やゆめファーム(農業関連の事業)、アート村工房など幅広い活動にも取り組まれている。
パンの製造は本部ビル内の工房で行われていて、お昼にはビルの1階や各オフィスを回るワゴン販売で買うことができる。また、えみふるでも月に1回パソナハートフルさんで製造されたパンを販売している。
さらに、都心への出社が難しい社員もいることから、ゆめファームという農業関連の事業が2006年に始まった。担当されている駒木野さんにお話を伺う。
「パン工房はビルへの出社ですので、オフィスワークに近いと思います。ただ、都内への出社が難しい障がいを持つ方もいます。そこで、千葉県の特別支援学校とのつながりで、ゆめファームという農業関連の事業が始まりました。年間を通して野菜を育て、いまでは地元の農家さんの畑を手伝ったり、地域や社員のみなさんと一緒に収穫をしたり、地域やグループ各社の輪が増えてきました」
冬の畑では白菜、小松菜、ほうれん草、長ネギなどが収穫され、春にかけては玉ねぎやサニーレタスが育っていく。野菜の話を伺いながら、ぼくはいま個人的に農業への興味があるのだが、駒木野さんの方がずっと詳しいなあと思った。また、社内でも野菜は身近な存在であると教えてくださった。
「ゆめファームで収穫した野菜は本社で販売もしますし、日によってはゆめファームの社員が作業着姿のまま来てくれます。本社の社員は生産者の顔が見えて、ゆめファームの社員は目の前で、自分で丹精込めて作った野菜が買われていく。お互いの様子が分かって嬉しいんですよね」
いまでは障がいを持つ社員さんの中で、農家を本格的に目指して地域の農業委員会から認められ、農家として登録された方もいるそうだ。素晴らしいなあと思った。
そして、パソナハートフルさんの事業には、アート村プロジェクトというものがある。ここでもう一度、坂口さんに教えていただく。
「障がいを持つ方のアーティスト活動を応援しようというアート村プロジェクトは、1992年から始まりました。障害者アーティストの才能を発掘するために、全国から障害者のアート作品を公募し、障害者アートの素晴らしさを知ってもらう作品展を開催しました。当時は雇用関係はありませんでしたが、パソナハートフルが設立された翌年の2004年にはアーティスト社員という制度ができました。絵を描くことを仕事とする社員です」
実際に、ビル内にあるアート村工房のアトリエへ伺った。アーティスト社員の方々は、各々真剣に、絵と向かい合っている。拝見したときの印象は完全な「アーティスト」であった。自由に描きながら、各々集中して絵に対峙している。全くの趣味やボランティアではない。仕事の眼。
描かれた絵は、様々な商品のパッケージや、商業施設への展示、インテリアデザインとして活用されたりしている。また、絵の活動のみならず陶芸をされる方もいて、創作の幅は広かった。本社ビル1階、アート村工房のショップに伺うと、社員の方々のデザインを活用した約1200点ほどの商品があり、その種類の多さに驚かされるばかりだった。
きっと、全国の特例子会社には、それぞれいろいろな特徴や雰囲気があるだろう。今回、パソナハートフルさんに伺って、障がいを持っている方々が目の前でたくさん働いている現場を知った。そして、何も知らなかったことを強く自己嫌悪した。障がいを持つ方々の「働くこと」に対する「あたりまえ」や「普通」を定めていたのは、ぼく自身だったからだ。
障害者雇用は法定雇用率の変更もあり、ますます増えていくことが予想されている。特例子会社の役割も重要になっていくだろう。多様性のある社会、ダイバーシティ&インクルージョンを目指そうと、口で言うことは簡単だ。ぼくはまさにそういう形ばかりの人間だった。だからこそ、もっと真剣に、多様性のある社会につながることを考えたい。向き合って考えることができれば、きっとそれから、笑顔に繋がるから。
パソナハートフルさん、この度は貴重なご縁を、本当にありがとうございました。
2022年4月26日「#08 特例子会社『パソナハートフル』さんを訪ねて」 写真と文章 仁科勝介(かつお)
取材ご協力
パソナハートフル
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