#15 手話講習会へ。

えみふるでは手話講座が開かれている。現在は初級・中級・上級と、3つのコースが設けられていて、今回上級の手話講座にお伺いさせていただいた。講座は10か月間、週一回のペースでみっちり続く。この日は10人ほどの参加者の方々が来ていて、和やかではありながらも、ピリッとした真剣な雰囲気が流れていた。 
 
講師の先生は二人だ。ひとりは山本実代先生で、手話通訳士としてもご活躍されている。そして、もうひとりは坂内常子先生で、坂内先生は耳が聞こえない。山本先生が全体をまとめる役で、坂内先生が参加者の方々に直々のアドバイスを送る、という役割分担のスタイルだった。

左が坂内先生、右が山本先生 

講座が始まった。この日の内容は、スクリーン上で流す会話の映像に合わせて、手話で通訳するというもの。順々にひとりずつ、坂内先生に手話を見てもらう。緊張感があり、いざ始まると、全員が息を呑んで見守っている。動画から流れる音声を、坂内先生は聴くことが出来ない。それを、手話で届けるのだ。参加者の方々は上級コースということもあって、とても上手だった。なにをもって上手なのか、ということを、初心者のぼくが解説をする立場には全くないけれど、拝見していて、手の動きがほんとうに速いのだ。勢いに圧倒された。 
 
加えて、手話で会話をしているとき、ずっと目が合っていた。手は動きながらも、お互いに目を見つめたままなのだ。眉は大きく動き、目だけでも感情が伝わってくる。今まで、テレビで手話の映像を見ていたときは、あまり気づかなかったけれど、実際の会話では、目を合わせるということがとても大切な要素なのだと思った。のちに、参加者の方に目線のことを尋ねてみると、「手話は相手の目を見ないと伝わらないです。目も鼻も口も、全部を使います」と。ぼくは手話が、手のみならず、体全身を使ったボディランゲージであるということを、今まで分かったようで全然分かっていなかったのだなあと痛感した。

そして、ひととおりの手話通訳が終わったあと、じっと見ていた坂内先生が、手話でアドバイスを送る。このとき、声によるやり取りは全くない。動画の音声も止まっていて、部屋は完全な静寂に包まれていた。静寂の中、手話によって二人が会話をしている。静寂であっても、互いに頷き、表情を変え、会話が進んでいる様子‥‥。この感覚は初めてで、ぼくはずいぶん、音に頼って生きてきたのだなと思わされた。手話のやり取りが終わると、ほかの参加者の方々が拍手でねぎらう。拍手も手話で、音は鳴らない。両手を開いて、きらきらと手を振る動作が拍手の手話だ。部屋いっぱいに花火が光るようだった。参加者の方は「聴こえない方が見ても分かる手話の拍手。一斉にあの拍手が起こると、とても綺麗なのです」と教えてくださった。

講座が終わったあと、あらためて参加者の方々に話を聞いた。みなさんの動機はそれぞれで、個人的に興味を持って手話を始めた方、身内にろう者がいらっしゃる方、さまざまだった。「どういうときにやりがいを感じますか?」と尋ねたとき、「職場でろうの方がいらっしゃるのですが、手話で会話できたときは、すごく嬉しいです」という声もあったし、「講座の中で先生に今日はよかったねと言われたときが、いちばん嬉しいです!」と男性が答えてくださったときは、部屋全体が笑顔に包まれた。坂内先生も通訳をしてもらって笑っていた。そして、「手話を勉強していると、街中で手話を使っている人に気づけました」という方もいた。 
 
「手話を始める前までは、ろう者の方は少ないんじゃないかなと思っていました。でも、自分が勉強を始めたら、電車の中でも、手話を使っている人がいることに気づいて。それにもし、たとえば電車が故障して止まったとき、みんなが一斉に降りるとしますよね。そのとき一人だけ座っている人がいたら、あれ、もしかしたら聞こえない方なのかな? と、考えるようになりました。だから、『知ると気づけること』があるのだなって」 
 
知ると気づけることがある、という言葉。まさに、講座を見学していて、上級者の方々による手話だけれど、今まで遠く感じていた手話の世界が、みるみるうちに身近になった感覚があった。こうして触れられたから、距離が近くなった。だから、この感覚を忘れずにいよう。簡単な手話だけでも、ずっと忘れずに覚えていよう。まずは「ありがとう」から。そして、自己紹介も。家で自分の名前の手話を覚えてみた。 

最後に山本先生にもお話を伺った。「手話による通訳の過程は、受容して、聞き溜めて、理解して、表出する、ということを頭の中でやっています。訓練を重ねることで、聞いてすぐにバッと手話ができるようになる。ですから、手話を見て意味を理解することと、手話を使って第二の言語に変えることは別物なんです。訓練しないと分からない。そして、訓練しているのが講座に参加しているみなさんです」 
 
山本先生は、コツコツと知識をためて、長い訓練を経て手話の通訳できるようになるとおっしゃった。先生もかつて、職場に耳が聞こえない方がいらっしゃって、それから勉強を重ねてできるようになったそうだ。帰り際、山本先生にとって手話はどういう存在でしょうかと尋ねた。 
 
「手話をわたしから無くしたら、わたしじゃないです。生活の一部になっていますから。手話ってすごく良い言語ですよね」 
 
まっすぐな言葉だった。そして、きっと先生の思いを継ぐように、日々手話を学ぶ方々がいる。みなさんの手話を通した「伝える」を、たくさん学んだ時間だった。

2022年8月9日 #15 手話講習会へ  写真と文章 仁科勝介(かつお)

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